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広島高等裁判所岡山支部 昭和62年(行ケ)1号 判決 1988年10月27日

原告

長谷川正弘

右訴訟代理人弁護士

大林裕一

松井健二

鷹取司

佐藤由美子

被告

岡山県選挙管理委員会

右代表者委員長

黒田充洽

右指定代理人

黒崎一秀

岡崎徹

松尾光義

佐藤兼郎

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

1  昭和六二年四月一二日に行われた岡山県議会議員選挙(以下「本件選挙」という。)の赤磐郡選挙区における選挙の効力に関する原告の異議申出につき、被告が同年五月一八日付でした異議申出却下の決定(以下「本件決定」という。)を取り消す。

2  本件選挙の赤磐郡選挙区における選挙を無効とする。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

(本案前の答弁)

1 本件訴えを却下する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(本案の答弁)

主文と同旨。

第二  当事者の主張

(原告)

一  請求原因

1 当事者

原告は、本件選挙の赤磐郡選挙区における選挙人であり、被告は、本件選挙に関する事務を管理する選挙管理委員会である。

2 原告の異議申出と本件決定

原告は、昭和六二年四月二一日、被告に対し、公職選挙法(以下「公選法」という。)二〇二条一項に基づき、本件選挙の赤磐郡選挙区における選挙を無効とする旨の決定を求める異議の申出をしたが、被告は、同年五月一八日付で右異議申出を不適法として却下する旨の本件決定をした。

3 本件選挙の違法性

(一) 本件選挙における投票価値の格差

(1) 公選法一五条七項本文によれば、各選挙区において選挙すべき地方公共団体の議会の議員の数は、人口に比例して、条例で定めなければならないものとされている。

然して、人口に比例して議員数を算出する具体的な方法は所謂配当基数方式(直近の国勢調査人口の数値に基づき各選挙区の人口を当該都道府県全体の議員一人当り人口で除した数値を配当基数とし、配当基数の整数値を各選挙区の議員数として配分し、残余の定数を配当基数の小数値の大きい選挙区から優先的に配分していく方式)である。

(2) 岡山県議会議員選挙においては、昭和六一年岡山県条例第二三号(以下、「六一年条例」という。)によって従前の議員定数が改正され、本件選挙は右条例に基づいて実施されたのであるが、これには人口比例の原則に照らし以下に指摘する如く肯認しがたい投票価値の較差が存する。

本件選挙の各選挙区における昭和六〇年一〇月国勢調査人口、現行議員定数、議員配当基数、議員一人当たり人口および議員一人当たり人口較差(最も議員一人当たり人口の少ない阿哲郡選挙区の数値を一とした場合の指数)は別表1のとおりである。

(3) これが示すとおり、本件選挙の議員一人当たり人口較差(以下、「較差」という。)は、最大で赤磐郡選挙区の3.445倍、これに次ぐものとしては総社市選挙区の3.269倍の甚だしきに達している。

(4) そして、較差二倍以上の選挙区は次のとおり、二五選挙区中一二選挙区にも達している。

二倍以上の区(一〇選挙区)

岡山市、倉敷市・都窪郡(早島町)、津山市、井原市・後月郡、備前市、和気郡、邑久郡、勝田郡、英田郡、久米郡

三倍以上の区(二選挙区)

総社市、赤磐郡

(5) また、川上郡および阿哲郡選挙区が公選法二七一条二項の特例選挙区(以下、「特例選挙区」という。)として存置されている。

(二) 前回選挙における投票価値の較差

(1) 昭和五八年四月一〇日に行なわれた岡山県議会議員選挙(以下、「前回選挙」という。)の議員定数は昭和五七年岡山県条例第二一号(以下、「五七年条例」という。)によって定められ、前回選挙はこれに基づき実施されたのであるが、この時点で既に肯認しがたい投票価値の較差が生じていた。

前回選挙における昭和五五年一〇月国勢調査人口、当時の議員定数、人口割議員配当基数、議員一人当たり人口および較差は別表2のとおりであった。

(2) これが示すとおり、前回選挙の最大較差は、本件選挙と同じく赤磐郡選挙区で3.178倍、これに次ぐものは同じく総社市選挙区で3.079倍と、いずれも既に較差三倍を超えていた。

(3) そして、較差二倍以上の選挙区も次のとおり、既に二五選挙区中一一選挙区に達していた。

二倍以上の区(九選挙区)

岡山市、倉敷市・都窪郡(早島町)、津山市、井原市・後月郡、備前市、和気郡、邑久郡、英田郡、久米郡

三倍以上の区(二選挙区)

総社市、赤磐郡

(4) また、阿哲郡選挙区は既に特例選挙区として存置されていた。

(三) 本件選挙の違法性

(1) 憲法の下においてはすべての人は個人として対等な政治的価値を有するものであり、それゆえ、個人の政治的意思決定が平等に議会政治の場に導入され反映されることは憲法の下におけるすべての政治権力とその意思決定の正当性の根源をなすものである。

従って、投票における憲法一四条一項の要請は単に投票資格の形式的平等のみならず、投票の結果価値の実質的平等を強く求めるものでなければならず、然らざれば、憲法が憲法たるゆえんであるところの個人主義と議会制民主主義はその根幹を傷つけられることとなる。この理は既に最高裁大法廷昭和五一年四月一四日判決以来、衆議員議員選挙であると地方議会議員選挙であるとを問わず、幾多の判例により、争う余地のない解釈となっている。

(2) ところで、議員定数に関する公選法一五条七項本文は人口比例を原則とする一方、同項但書は「特別の事情があるときは」非人口的要素を考慮して人口比例原則を緩和することをも認めている。しかし、これにより異なる選挙区において二倍の較差が許容されるものだとすれば、それは同一の選挙区において一人二票の投票資格を与えること(複数投票制)と同一の不平等を選挙民にもたらすから、およそ選挙民各個人の政治的意思決定を平等に議会政治の場に導入しているとはいい難いことになる(また、人口に整数倍も差のある異なる選挙区に同数の議員定数を与えることは、地域による等級別選挙制が行われているのと同様の不平等を選挙民にもたらすことになる。)。それゆえ、同項但書により「特別の事情」として非人口的要素を考慮する場合も較差はおおむね二倍の範囲にとどまるようにされねばならない(しかも、較差の存在を正当化するに充分でかつ具体的な特別の事情が存在しなければならない。)というべきである。

してみれば、前記3の(一)記載の如き著しい較差の下に行われた本件選挙が憲法一四条一項及び公選法一五条七項に反する違法無効な選挙であることはもはや動かしがたい事実だといえる。

(3) また、前回選挙も前記3の(二)記載の如き著しい較差の下に行われており、昭和六〇年国勢調査の結果、遅くとも昭和六一年九月の定例岡山県議会において公選法一五条二項に定める強制合区を含む定数是正措置を講じなければ本件選挙が客観的に違憲違法のものとなることは自明の理であった。

しかも、五七年条例制定の後、六一年条例制定までの間、地方議会議員選挙においても一票の較差を理由に選挙を違法と断ずる判決が相次いで言い渡されていた(①原審東高判昭和五八年七月二五日・②上告審最高裁一小判昭和五九年五月一七日、③原審東高判昭和五九年八月七日・④上告審最高裁一小判昭和六〇年一〇月三一日、⑤原審東高判昭和六一年二月二六日)。

右各判決のうち、③の判決は、「公選法一五条七項但書は人口比例原則をある程度緩和するものにすぎない」としたうえで、特例選挙区を存置すべき理由として被告から主張された行政需要に対し厳しい判断を加え、④の判決もこれを支持した点において注目すべきものである。

さらに、①・②の判決で昭和五八年東京都議会議員選挙の違法が確定した後、都議会は昭和五九年都条例一〇三号により較差を3.4倍に是正して昭和六〇年都議会議員選挙を実施したが、⑤の判決はこれをなお違法と断じ、昭和六一年二月二六日に「島部のような特殊の事情のある場合を除いて、較差二倍を超えることは許されない。」とする判断を下した(これの上告審である⑥最高裁三小判昭和六二年二月一七日もこれを支持し、右選挙の違法は確定した。)ことから岡山県議会議員定数是正の問題は注目されるところともなっていた。

かくて、昭和六一年九月定例岡山県議会においても議員定数の是正は重要議題と認識され、較差を二倍以内に留め公選法二七一条二項の特例選挙区を認めないことを眼目とする意見も複数提出されていた。

(4) にもかかわらず、同県議会は何等の具体的な理由を示すこともなく六一年条例を可決し、この六一年条例は、岡山市選挙区の定数を一人増員したのみで、阿哲郡選挙区の合区を含む定数是正措置を行わないのみならず、あらたに川上郡選挙区を特例選挙区として存置することとしている。

その結果は、岡山市選挙区における議員定数が配当基数の整数値を割り込む事態を回避したに留まり、別表4の示すごとく昭和五〇年国勢調査、昭和五五年国勢調査及び昭和六〇年国勢調査を比較した場合、別表4のとおり、較差三倍区である赤磐郡、総社市、各選挙区の人口増加傾向が明らかであり、特例選挙区である阿哲郡、川上郡各選挙区の人口減少傾向が明らかであるのにもかかわらず、これにすら何らの是正措置を講ずること無く、較差の是正はおろか、その拡大は全く放置されたのである。

因に、五七年条例に改正を加えないで本件選挙を実施したと仮定した場合の較差等は別表3のとおりになるが、六一年条例が投票価値の較差是正の観点を全く欠いたものであることは別表3と別表1とを対比したとき自ずから明らかとなる。

(5) 結局のところ、六一年条例は、第一に議員定数が配当基数の整数値を割り込まなければ違法とならない、第二に特例選挙区は、「公選法一五条七項但書にいわゆる特別の事情」の有無と無関係な抽象的理由に基づき、かつ無期限に存置できる、との二つの誤った前提の下に可決されたとしか考えられず、およそ議会の裁量権を逸脱したものであって合理性を欠き、これに基づく本件選挙は違法、無効であると言わざるをえない。

(四) よって、公選法二〇三条に基づき、本件決定を取り消し、原告が選挙人である赤磐郡選挙区における本件選挙を無効とする旨の判決を求める。

二  被告の主張に対する反論

1 本案前の主張に対して

定数条例そのものの違法を理由とする地方公共団体の議会の議員の選挙の効力に関する訴訟が公選法二〇三条に基づく訴訟として許されることは最高裁判所の判例とするところであって、被告の主張は理由がない。

2 被告の主張3(公選法における人口比例概念)に対し

(一) 被告は、都道府県議会議員の選挙区が郡市の区域によることとされているのは地域の代表を確保する趣旨であり、特例選挙区も地域の代表を確保するために設けることができると主張するが、いかなる選挙区の選出議員も全都道府県民の代表者であって特例選挙区といえども該地域の代表者を確保する趣旨で設けることはできないものである。都道府県の行政区画が習律的に選挙区割の基礎とされているのは、恣意による区割を防ぎ合理的且つ安定した選挙を実施するための方便として歴史的に醸成されたにすぎない。公選法が強制合区、任意合区の制度を設け、従来からの選挙区割の維持に拘泥していないことも右を裏付けるものである。

(二) 被告は、また、公選法の任意合区、強制合区の規定(同法一五条二項、三項)は、選挙人の投票価値につき一定の較差(四倍)を予定ないし許容したものであり、特例選挙区の規定(同法二七一条二項)は、その較差を超える較差を予定ないし許容したものであると主張する。

しかしながら、公選法の仕組自体が投票価値につき一定の較差を予定ないし許容しているとの主張は、憲法(一四条)及び公選法(一五条七項)の旨とする人口比例の大原則を軽視した本末転倒の議論である。

すなわち、議員定数配分を定める法律上の準則は右憲法及び公選法の規定のみであり、これに対する技術的内在的制約として選挙区制度と配当基数方式が存在しているにすぎない。そして、任意合区、強制合区、特例選挙区の規定は選挙区割に関する最低限の規制規範にすぎず、議員定数配分を定める準則とは全く別個の問題である。本件と同じく特例選挙区が問題となっていた千葉県議会議員定数配分規定についての最高裁昭和六〇年一〇月三一日判決においても、特例選挙区につき地方議会の裁量権の優先も、異別の判断基準の採用も認められていない。右のとおり議員定数配分につき人口比例が最も重要且つ基本的な基準である以上、まずもって、一定の較差の数値が違法推定の分水嶺として存在しなければならない。そして、右較差が三倍以上の場合は違憲性の推定が働き、特別の事情の存在が具体的に立証されない限り右推定は覆えされないと解すべきである。

3 被告の主張4(岡山県における特例選挙区存置の合理性)について

(一) まず、特例選挙区を存置し、これにより人口比例の大原則の例外を認むべき場合があるとすれば、それは、当該選挙区が隔絶された島部であるとか、少数民族の居住区である等の特殊の地理的、歴史的条件のために、特別の選挙区を設けるより他に当該地域の住民の政治的意思を議会に反映させる方法がない場合に限定さるべきである。特例選挙区は、まさに特例なのであり、本来このような特殊な条件に準じた極めて限定的なものでなければならないのである。それ故、昭和四一年の改正にかかる公選法二七一条二項は、あくまで、昭和四四年に新設された同法一五条七項但書が存在しなかった時において、人口の急激な増減に対処するための緊急措置的、暫定的なものとしてのみ国法上かろうじて許容されたにすぎないはずのものである。

それ故、都市部における常住人口と行政需要の落差等が特例選挙区の特別の事情と認められ、同選挙区と他の一般選挙区との投票価値の較差が憲法に違反しないといえるためには、右特例選挙区を存置して人口比例の原則の例外を認める目的が公選法の制度目的に照らして正当で強度の関連性を有するものであり、且つ、それなくしては特定地域の住民を正当に代表する方法がない場合でなければならないのである。

(二) しかるに、岡山県において阿哲郡及び川上郡両選挙区を特例選挙区として存置し、これにより較差が拡大することを放置する理由は余りに希薄である。

被告が右理由として主張するところは、過疎対策のために過疎地域の代表者を確保する必要があるというに尽きるが、阿哲郡及び川上郡両選挙区の歴史的地理的条件の特殊性、人口の急激な増減(かえって、岡山県の人口動向は緩慢であるから、かかる事情は存在しないといえる。)、常住人口と行政需要の現実の落差、さらに行政需要の増加見込みは何ら主張されていない。

そもそも、過疎対策は、公選法の制度目的たる「選挙の公明適正を確保し、民主政治の健全な発達を期する」(同法一条)こととは無関係であり、これを公選法の解釈上考慮し、または裁量の基礎とすることは法目的に反することになる。まして、その裁量の結果を投票価値の平等、議会の民主的構成原理の確保という憲法的価値と公選法の制度目的に優先させることは許されない。

また、過疎地域の地域代表の確保が過疎対策として有効にして不可決であることの因果関係も論証されていない。岡山県においては、例えば県北地域は俗に津山圏、真庭圏、阿新圏と大別され、概ね、交通、経済生活圏に対応して区分されており、仮に定数配分の見直しを考えるとしても、その地理的条件から選択の余地は自ら限られ、恣意の介入する余地も少なく、便宜上の合区といったことは考えられず、合区の結果生じた新たな選挙区の選出議員が特定の地域住民の政治的意思を代表できないという事態は全く考えられない。

(三) 次に、被告は、六一年条例の内容が適正である旨主張する。しかしながら、試みに、議員総定数を五八とし、阿哲郡及び川上郡を隣接選挙区(新見市及び高梁市)とそれぞれ合区して各定数一とし、いわゆる配当基数方式により定数配分を行うだけの改正をした場合でも、別表5に示すとおり較差は最大で2.689倍(上房郡選挙区の数値を一とした場合の総社市の指数)にとどまるところであり、しかも、その地理的、経済的諸条件等から右合区に格別の困難な条件があるとは認められない。また、右合区の定数を各二とし現有の議席を確保しつつ、議員一人当たり人口を底上げすることによって憲法及び公選法の原則を理念上維持する方向での改正も可能であるといえる。

すなわち、六一年条例は、議会が議員定数の配分につき裁量権を逸脱した結果のものであって全く合理性を欠くものである。

(被告)

一  本案前の主張

1 一般に、行政訴訟においては、当該紛争につき是正権能を有しない機関は被告適格を有しないものであるところ、本件の如く定数条例そのものの違法を事由とする訴訟については、仮に条例自体に瑕疵があるとされても、被告の権能をもってしてはその是正が不可能であるから、被告は本件訴えにつき被告適格を有さず、本件訴えは不適法である。

2 公選法二〇二条、二〇三条に基づく選挙訴訟は、当該選挙の管理執行上に瑕疵があった場合、これを無効として早期に改めて適法な再選挙を実施せしめることを目的としたものであることが明らかである。したがって、本件訴えの如く、手続的な瑕疵を理由とすることなく、実体法としての定数条例の無効事由のみを理由とする訴訟は、実質的にみても、仮に選挙無効の判決があっても公選法の定める期間内の再選挙の実施が困難であり、また、再選挙の前提となるべき瑕疵の是正も不可能であって、右法条に基づく訴訟とはいえず不適法なものというべきである。

3 公選法に定める訴訟は、民衆訴訟の一種として行政事件訴訟法五条、四二条に基づき、自己の法律上の利益にかかわらない資格で提起されるものに限り、且つ、法律に定める事項に限って許されるものであるが、現行法上、本件のような訴訟を許容する規定は存せず、本件訴えは不適法である。

4 地方自治法(以下「地自法」という。)九〇条四項によれば、都道府県議会の議員定数の変更は、一般選挙の場合でなければできないとされており、選挙区別定数の変更もまた論理上同様に解せざるをえないところ、原告の本件請求は、条例を改正して議員定数を増加するか、定数の再配分を行なわない限り目的を達し得ないものであり、しかも、かかる改正は、右の如く次の一般選挙の場合に限り認められるにすぎないから、原告の本訴請求が認容されたとしても、これに適合する条例改正の途はなく、したがって定数配分を是正して再選挙を施行することはできないから、本件訴えは訴えの利益を欠き不適法である。

二  請求原因に対する答弁

請求原因1、2の事実並びに同3の(一)、(二)のうち原告主張の数値は、別表2の「岡山市」及び「倉敷市、都窪郡(早島町)」に関するものが別表6のとおりであるほか、その主張どおりであることを認め、その余の請求原因事実は争う。

三  被告の主張

1 都道府県議会議員の総定数、選挙区の決定及び各選挙区における議員定数の配分方法

選挙権の平等とは、形式的な選挙資格の平等のみをいうのではなく、実質的な投票価値をも含むものであるとすること自体に異論はないが、都道府県議会議員の選挙における選挙区間の投票価値について検討するに当たり、単に表面に現われている較差のみをもって論じる原告の立論は納得し難い。なぜなら投票価値の較差は、地自法、公選法における都道府県議会の議員総定数の定め方、選挙区の決定方法、各選挙区への議員配分方法等と深く関わるものであり、次に述べるごとくこれらに関する諸規定とその適用の結果を総合的に判断すべきであるからである。

(一) 議員総定数の決定方法

地方公共団体の組織と運営に関する事項は、地方自治の本旨に基づいて法律でこれを定める(憲法九二条)こととされ、これを受けて、都道府県議会の議員の総定数は、地自法九〇条の規定に基づき、人口によりその上限が定められ、また、議員総定数は同条三項の規定により減少させることができるとされている。なお、ここにいう人口とは最近の国勢調査における人口とされている。

(二) 選挙区の決定方法

都道府県議会議員の選挙区の決定方法については、公選法の定めるところであるが、それによれば、まず、選挙区は原則として郡市の区域によるとされている(同法一五条一項)。

郡市の区域によるとされるのは、都道府県議会において都市部、農村部を問わず、当該地域の住民の声を十分反映し得る代表が確保されるべきであり、また、地理的条件や明治一一年に府県会が設置されて以来の歴史的沿革からして、郡市の区域が都道府県の議会の議員を選出するに最もふさわしい地域的まとまりのある区域であると考えられていることに基づくものである。

次に、その例外として、郡市の人口が都道府県の人口を当該都道府県の議会の議員の定数で除して得た数(以下「議員一人当たり人口」という。)に満たない郡市のうち、当該郡市の人口が議員一人当たりの人口の半数に達しないものについては、隣接する郡市の区域に合せて一選挙区としなければならないと定められている(同条二項。いわゆる「強制合区規定」)。

これに反して、当該郡市の人口が議員一人当たり人口未満ではあるが、議員一人当たり人口の半数以上の郡市にあっては、隣接する郡市の区域と合せて一選挙区とすることができると定められている(同条三項いわゆる「任意合区規定」)。

この場合、合区するか否かは、都道府県議会の広範な裁量に委ねられているものである。

また、合区に当たって、隣接するどの郡市の区域と合区するかについても、議会の裁量に委ねられているところである(同条六項)。

なお、郡市の区域が他の郡市の区域により分断されている場合(いわゆる「飛地」となった場合)においては、全体の区域又は分断されているそれぞれの区域を一つの郡市の区域とみなして強制合区規定及び任意合区規定を適用することと定められている(同条四項)。

ところで、昭和四一年法律第七七号による公選法二七一条二項の改正により、議員一人当たり人口の半数に達しない郡市にあっても、昭和四一年一月一日現在設置されている選挙区については、都道府県議会の裁量により強制合区規定にかかわらず、独立した選挙区として、なお存置できることとされた。

強制合区規定に関する特例は、昭和三七年の改正により設けられたもので、初め島の区域のみで構成されている選挙区についてのみ認められていた。しかし、昭和四一年の改正当時、高度経済成長の下で生じた都市部への急激な人口集中、農山漁村の過疎化現象が全国的なものとなり、都道府県議会議員の選挙区の中には、当該選挙区の人口が議員一人当たり人口の半数を僅かばかり不足することとなるため、強制合区されることとなる選挙区が多数生じることが予想される状況となったが、そのことは人口の急激な異動に伴う一時的な現象と考えられ、また、そもそも都道府県議会議員の選挙区が郡市の区域によるとされるのは、都市部、農村部を問わず地域代表を確保するという趣旨によるものであり、また当時、特に地域較差の是正が強く要求されており、単に人口要素のみをもって強制合区することが適当でない場合もあるので、そのような郡市の区域については、島の区域に限らず、従前のまま一選挙区として残すことができることとされたものである。

(三) 各選挙区における議員定数の配分方法

前述の関係規定により決定された各選挙区への議員定数の配分は、原則として人口に比例して配分することと定められ(公選法一五条七項本文)、その具体的な方法は、いわゆる配当基数方式によるものである。

なお、特別な事情が存するときは、地域間の均衡を考慮して人口以外の諸要素を加味して定数を定めることができることとされている(同項但書)。

2 岡山県における選挙区及び各選挙区における議員定数の配分に関する条例の改正経緯

岡山県においては、次に述べるとおり昭和五四年の第九回選挙時までは、議員総定数、選挙区の決定及び議員定数の配分については総て地自法、公選法の規定により原則どおりに決定され、また、議員一人当たり人口の半数に達しなくなった郡については総て強制合区されてきた。

(一) 昭和二二年の第一回選挙から昭和五四年の第九回選挙までにおける条例改正

昭和二二年の第一回県議会議員選挙時における選挙区は四市一九郡の二三選挙区であった。その後、昭和五四年の第九回選挙時までに、国勢調査人口の異動、市制への移行、市町村間における合併、境界変更等があり、昭和五四年の第九回選挙時には、二四選挙区となったが、各選挙区における議員定数の配分は、全く人口に比例したものであった。

また、議員の総定数についても、地自法九〇条一項の規定により算定される上限の数のままであった。

なお、この間、市町村合併により郡を構成する町村数が減少し(大半は一郡一町村となった。)、郡の人口が議員一人当たり人口の半数に達しなくなった上道郡(上道町のみ一郡一町、昭和四六年五月岡山市に編入)、後月郡(芳井町のみ一郡一町)、吉備郡(真備町のみ一郡一町)、児島郡(灘崎町のみ一郡一町)、都窪郡(早島町、山手村、清音村)については、それぞれ隣接する西大寺市(昭和四四年二月岡山市に編入)、井原市、総社市、玉野市、倉敷市又は総社市へ強制合区された。

(二) 昭和五七年の条例改正

昭和五五年一〇月の国勢調査の結果に基づき、昭和五七年五月、従前の県議会議員定数条例は廃止され、現行条例の母体となる「岡山県議会の議員の定数並びに選挙区及び各選挙区において選挙すべき議員の数に関する条例(五七年条例)」が制定され、この条例に基づき、昭和五八年の第一〇回県議会議員選挙(前回選挙)を執行することとなった。

この条例改正では、国勢調査の結果、地自法九〇条一項の規定による議員の総定数が五八名となったが、初めて一名減じて五七名とした。また、選挙区の決定に当たっては、阿哲郡の人口が初めて議員一人当たり人口の半数に達しなくなり、強制合区規定の適用対象選挙区となったが、阿哲郡については公選法二七一条二項の規定を適用して独立した選挙区として存置した(なお、同項の規定を適用した経緯、当該地域の有する事情等については、後に述べる。)。

また、従前、総社市の区域と合せて一選挙区としていた吉備郡については、倉敷、水島のベッドタウンとして人口が増加し、議員一人当たり人口の半数を大きく超えたため、総社市選挙区から分離し、一選挙区とした。

なお、この分区に伴い、同様に総社市選挙区の区域に強制合区していた都窪郡については、吉備郡の区域に合せて一選挙区とした(都窪郡のうち早島町の区域とそれ以外の区域は倉敷市の区域によって分断され、いわゆる飛地となっているため、早島町は従前から倉敷市の区域に合区している。)。

こうして決定した各選挙区における議員定数の配分は、阿哲郡に公選法二七一条二項の規定を適用し定数一名を配分したほかは、人口に比例したものであった。

(三) 昭和六一年の条例改正

昭和六〇年一〇月の国勢調査の結果は昭和六一年七月に官報に公示された。第一一回の県議会議員選挙(本件選挙)は昭和六二年四月に執行される予定であったため、選挙期日までに残された期間は約九ヶ月という極めて短期間ではあったが、依然として続く都市部への人口集中、農山村部における過疎化現象といった顕著な人口の動向を踏まえながら、岡山県議会において国勢調査の結果に基づく条例改正の検討が鋭意行われた。

その結果、まず、議員の総定数は、地自法九〇条一項の規定による法定数が五九名となったが、前回(昭和五七年改正)と同様に一名減じて、五八名とした。

次に、選挙区については、前回の阿哲郡に加えてさらに川上郡の人口も議員一人当たり人口の半数に達しなくなったが、後で述べるような諸般の事情を考慮して検討した結果、阿哲郡については引続き公選法二七一条二項の規定を適用し独立した選挙区として存置することとし、また、川上郡については初めて同項の規定を適用し、同様に独立した選挙区として存置した。

各選挙区における議員定数の配分については、阿哲郡、川上郡両選挙区に一名ずつ配分したこと、真庭郡選挙区について従前と同様に定数二名としたほかは、人口に比例したものであった。

なお、条例の改正に当たって、議会における審議経過を踏まえて、総務委員会において「昭和六二年の改選以後、早急に検討の機関等を設け、定数並びに選挙区及び選挙区ごとの定数について、昭和六六年の一般選挙へ向けて積極的な検討を重ね、さらに較差是正に努めることとする。」との付帯決議を全会一致をもって行い、現在その検討が開始されている。

3 公選法における人口比例概念

そもそも、県議会議員選挙における選挙区は「郡市の区域」を単位とするのであるから、議員総数が法定されている現行制度の下では、いかに人口に比例して議員定数を配分したとしても各選挙区間における投票価値にある程度の不均衡が生じるのはやむを得ないことである。同趣旨のことは、東京高裁昭和五八年七月二五日判決にも判示されている。このほか、人口比例の原則については、公選法自体が「特別の事情があるときは、おおむね人口を基準とし、地域間の均衡を考慮して定めることができる。」として人口比例の原則を緩和している(公選法一五条七項但書)。まして、公選法二七一条二項の規定を適用して議員一人当たり人口の半数に達しなくなった選挙区を独立した選挙区として存置した場合には、特例選挙区における配当基数が0.5未満となってもなお一選挙区として定数を配分するのであるから、他の選挙区との比較において、通常二倍以上の較差が生じることとなり、特例選挙区を除く各選挙区間において生じる較差よりも一層大きい較差が生じる結果となるが、これも当然公選法の許容するところであるといえる。

そのため、具体的に決定された定数配分の下における投票価値の較差については、そもそも特例選挙区として存置された選挙区に係る較差の当否を議論することは当を得たものとはいえず、少なくとも較差の検討に当たっては特例選挙区を含めた全選挙区間に生じている投票価値の較差と、特例選挙区を除くその余の選挙区間に生じている投票価値の較差は区分して論じるべきである。特に特例選挙区に係る較差については、その倍率が相当大きくても適法な場合が多いものといえる。

(一) 公選法一五条に基づく較差について

前述したとおり、公選法によれば、まず、都道府県議会議員の選挙区は郡市の区域によることとし、当該郡市の人口が議員一人当たり人口の半数に達しない場合は隣接の郡市に強制合区することとし、また、議員一人当たり人口の半数以上で、なお議員一人当たり人口に達しない場合は合区するかどうかは任意とされている。そして、こうして決定された各選挙区に対し、人口に比例して議員定数を配分することとしているのである。

このような選挙区及び議員定数配分方法によれば、特例選挙区を除く選挙区間においても、特に定数一名の選挙区間においては配当基数が0.5で定数一名である選挙区と配当基数が2.0未満でなお定数一名の選挙区とを比較した場合、最大「一対四」程度のひらきが生じることとなるが、その程度の較差は公選法が許容しているものといえる。

最高裁判決においても、「各選挙区に最低一人の定数を配分する関係上、定数が一人で人口が最もすくない選挙区と他の選挙区とを比較した場合、それぞれの議員一人当たりの人口に一対三程度の較差が生ずることがありうる」とし、しかもそのことは「公選法の選挙区割りに関する規定に由来するものであって、当該議員定数配分規定をもって同法一五条七項の規定に違反するものとはできない」(最高裁昭和六二年二月一七日判決)とし、同様な判断をしている。

なお、公選法一五条七項但書の規定により特別の事情のある場合に、地域間の均衡を考慮した結果人口比例原則によらないで定数配分したときは前述した以上の較差が生じることとなるが、これもまた公選法の許容するところといえる。しかもこの地域間の均衡の考慮について、東京高裁昭和六一年二月二六日判決も、総ての諸情勢が平均化している東京都の特別区の場合と異なり、他の道府県においてはこれを考慮する必要は多く、緩和の程度も高いことを認めている。

(二) 公選法二七一条二項の適用選挙区における較差について

先に述べたように、公選法二七一条二項の規定を適用して特例選挙区とした場合には、配当基数が0.5未満であっても過疎化の問題や行政効率等諸般の事情を考慮して一選挙区として存置したうえ、議員定数を配分するため、他の選挙区と比較して投票価値の較差に相当のひらきが生じることとなる。したがって、相当大きい較差が生じているといって、それだけの理由で違憲・違法であると論じるのは当を得た主張であるとはいえない。特例選挙区に係る較差について適法か否かを検討するに当っては、単に較差の数値のみについて論じるべきではない。

4 阿哲郡、川上郡を特例選挙区とした経緯

(一) 岡山県における過疎の状況

岡山県においては、昭和三〇年代の終りから昭和四〇年代に入って県南部において水島臨海工業地帯をはじめとする臨海工業地帯が形成され、農業県から工業県へと移行していった結果、県南都市部への人口の集中、県北農山部の過疎化現象が顕著になってきた。しかしながら、その後の広域道路交通網の整備、とりわけ中国縦貫自動車道の開通に伴い、県北部でも比較的京阪神地方に近隣する県東北部においては工業団地の造成、都市近郊型農業を目指す特産団地の育成が進みつつあることなどに伴い、雇用機会の拡大、農業生産基盤の拡充が図られるとともに人口の流出に歯止めがかかり、過疎現象も改善の兆しが見えつつある。これに反し、阿哲郡、川上郡の位置する県西北部においては、生産基盤整備のおくれなどにより依然として人口流出が続いている。

こうした状況の下において、昭和五七年の条例改正時及び昭和六一年の条例改正時に議員一人当たり人口の半数に満たなくなった阿哲郡、川上郡を特例選挙区として存置するかどうかが検討された。

(二) 昭和五七年の条例改正時における阿哲郡の状況について

阿哲郡は、同県の最西北端の中国山地の山沿いに位置し西は広島県、北は鳥取県に接しており、新見市を間にはさむ形で構成されている。郡全体の総面積は四四一平方キロメートルで同県の総面積の6.2パーセントを占め、二五選挙区の中では四番目の面積を有しているが、中国山地の脊梁地帯に位置するため林野面積が郡の総面積の八七パーセントを占めており、地勢は全体として急峻である。

一方、人口の動向をみると、郡全体の人口の推移は、昭和四五年の一万八〇〇一人から昭和五五年の一万五九四九人へと減少し、減少率は11.4パーセントにも達しており、また、昭和五五年の国勢調査人口の対全県比は一パーセントに満たない。特に過疎化現象の顕著な指標とされる人口構成における高齢者比率(六五歳以上の者の比率)は、阿哲郡平均17.7パーセントであって全県平均11.9パーセントと比較して著しく高い比率を示していた。

昭和五五年における阿哲郡内の産業別就業人口の比率をみると、第一次産業38.5、第二次産業30.4、第三次産業31.1(各パーセント)であり、県平均の第一次産業13.2、第二次産業36.6、第三次産業50.2(各パーセント)と比較すると明らかなように依然として農林畜産業の占める割合が高い。しかし、郡内の農林畜産物粗生産額の農家一戸当たり平均額は一二六万円で、県全体の郡部の農家一戸当たり平均額一四六万円と比べると相当低いものであった。工業生産をみても、昭和五五年の従業者一人当たりの製造品出荷額等は五六六万円であり、県全体の郡部の平均額一〇七八万円と比較し相当低い状況にあった。

さらに、卸売・小売業の従業者一人当たり年間販売額は八三二万円であり、県全体の郡部の平均額一一五三万円と比べるとこれまた低い状況にあった。

このように、郡全体として、産業基盤整備の遅れ等により総じて生産性が低く、さらに人口の流出による生産の減退、所得の伸び悩み等により地域の活力が失われていた。

こういった状況の下で、阿哲郡四町の財政力指数は、いずれも0.1台にとどまっており、このため、昭和四五年に郡内全町が過疎地域対策緊急措置法(旧過疎法)に基づく過疎地域に指定され、また、その後現行の過疎地域振興特別措置法に基づく過疎地域として引き続き指定され、地域社会の機能を回復するための生活環境、産業基盤等の整備について総合的かつ計画的な対策を実施することが強く求められていた。

県においては、阿哲郡をはじめとする過疎地域の積極的な振興を図り、県下全域の均衡ある発展を目指すため、昭和四五年に振興計画を策定し、引き続き昭和五五年、同年から昭和五九年までの五ヵ年にわたる岡山県過疎地域振興計画(前期計画)を策定し、また、過疎地域の各市町村においても各市町村ごとの振興計画を策定し、県、市町村が一体となって過疎対策に取り組んできた。

県の計画では、道路など交通通信体系の整備、農林業生産基盤の整備、企業誘致など産業の振興、巡回診療、保健婦の確保などの医療の確保、過疎バスへの補助など過疎地域市町村に対する行財政上の援助などを内容としていたが、とりわけ、道路交通網の整備は、通勤範囲の拡大に伴う人口の定着化が図られるとともに、生産物の流通を増大させ産業の発展が図られるなどの効果が期待されるものであった。また、農林業生産基盤を整備し、生産力を拡大するため、大規模なほ場整備事業、かんがい排水事業などに取り組むとともに、岡山県農林漁業担い手育成財団を設立し、各種の研修、技術指導を行う等農林業後継者の育成を図ってきた。

阿哲郡内においても、この岡山県過疎地域振興計画に基づき、国道、県道の整備、基幹的な市町村道の整備を進めており、一方、ほ場整備事業、農業用水の確保を目的とした備北ダムの建設等に取り組んでいたところであった。また、郡内各町もそれぞれの振興計画に基づき、道路、学校等の教育施設、診療所等の福祉施設の建設、工業団地の造成等地域の活性化のため各種の施策を進めてきた。

このような情勢の中で、昭和五五年の国勢調査の結果が明らかとなり、阿哲郡の人口が初めて議員一人当たり人口の半数に達しないこととなり、阿哲郡を単独の選挙区として存置するか、あるいは強制合区するかが条例改正における大きな問題となった。

この問題について阿哲郡四町の住民の関心は極めて高く、選挙区の合区は過疎からの脱却を目指し、地域の振興に努める四町の住民にとって重大な影響を与えるものであったので、引き続き一選挙区として存置するよう県議会及び知事に対して陳情が行われた。

こうした背景の下に、阿哲郡の振興を図ることは地域住民にとって重要なことであることはいうまでもないが、これにより地域間の較差を是正し、県勢の均衡ある発展を図ることは、県全体の発展及び住民福祉の増進のためにも極めて重要なことであり、このためには地域代表を確保する必要があること、条例改正当時、過疎地域振興計画に基づく五ヵ年計画の中間時期に当たり、前記のような過疎対策の諸事業がようやく進展しつつあり、引き続きこれらの諸事業を地域の実情に即し、きめ細く遂行していくためには、地域住民の声を代表する者を欠くことができないこと、議員一人当たり人口の半数に達しないといってもわずかに下回ったにすぎないこと、県においては、昭和五四年の第九回選挙時までは議員一人当たり人口の半数に達しないこととなった郡については総て強制合区していたが、これらは阿哲郡の場合と異なり、市町村の合併編入により一郡一町村となり、人口も極めて少ないし、また、これらの郡の区域はおおむね県の南部に位置し広域的な圏域に属していること等を考慮した結果、阿哲郡についてはまさに公選法二七一条二項を適用する状況にあるとして特例選挙区として存置したものである。

(三) 昭和六一年の条例改正時における阿哲郡及び川上郡の状況について

(1) 阿哲郡について

昭和六〇年の国勢調査の結果によれば、阿哲郡全体の人口は一万五六七六人で、昭和五五年から五年間の減少率は1.7パーセントと鈍くなってはいるものの高齢者比率は19.5パーセントに達し、全県平均の13.0パーセントと比較して著しく高く、なお一層の高齢化が進んだ。

その一方、産業別就業人口の比率をみると第一次産業34.3、第二次産業32.6、第三次産業33.1(各パーセント)であって、昭和五五年と比較してあまり変化はみられない。

また、農林畜産物粗生産額については、阿哲郡の農家一戸当たり平均額は一四六万円で、県全体の郡部の農家一戸当たり平均額一六四万円と比べ、なお隔たりがあった。

工業生産をみても、昭和六〇年の従業者一人当たりの製造品出荷額等は九三六万円であり、県全体の郡部の平均額一四九六万円と比較し、相当低い状況であり、さらに、卸売・小売業の従業者一人当たり年間販売額は一一七七万円であり、県全体の郡部の平均額一四六四万円と比べるとこれまた相当の隔たりがあった。

このように、人口減少率は鈍化したものの、未だ産業基盤は脆弱で引き続き総合的かつ計画的な対策を講じることが課題となっていた。

(2) 川上郡について

川上郡は、岡山県の中西部、吉備高原の西端部に位置し、西は広島県に接し、阿哲郡の南にあって成羽町、川上町、備中町の三町で構成されている。郡全体の総面積は二七一平方キロメートルで県全体の約3.5パーセントを占めており、二五選挙区の中では一〇番目の面積を有しているが、地形的には河川に沿った僅かな谷底平野部と起伏の多い高原地帯とからなっており林野面積が約八〇パーセントを占めている。

人口の推移をみると、昭和四五年の二万〇五四五人から昭和五五年の一万六六三五人に減少し、一〇年間の減少率は19.0パーセントと著しく高いものであった。さらに、昭和六〇年は一万六一一五人で、ここ五年間の減少率は3.1パーセントと鈍化しているものの、昭和六〇年国勢調査人口による対全県比は0.9パーセント余りしかなく、また、高齢者比率は22.3パーセントと全県平均13.0パーセントと比べて極めて高くなっている。

次に、昭和六〇年における郡内の産業別就業人口の比率は、第一次産業34.8、第二次産業34.4、第三次産業30.8(各パーセント)となっており、県平均の第一次産業11.7、第二次産業36.3、第三次産業従52.0(各パーセント)と比較すると明らかなように阿哲郡と同様に依然として農林畜産業の占める割合が高くなっている。

昭和六〇年の農林畜産物粗生産額をみると、川上郡の農家一戸当たり平均額は二二五万円で県全体の郡部の農家一戸当たり平均額一六四万円と比べるとやや多い。

しかし、商工業については全般的に零細業者が多く、従業者一人当たりの製造品出荷額等は一〇四九万円であり、県全体の郡部の平均額一四九六万円と比較すると相当な隔たりがあり、また、卸売・小売業の従業者一人当たり年間販売額も一二五五万円であり、県全体の郡部の平均額一四六四万円と比べ低い。

このように、阿哲郡同様に郡全体として、産業基盤整備の遅れ等により総じて生産性が低く地域の活力が失われていた。

このため、昭和四五年に郡内全町が過疎地域対策緊急措置法(旧過疎法)に基づく過疎地域に指定され、また、その後現行の過疎地域振興特別措置法に基づく過疎地域として引き続き指定され、一層の総合的・計画的な過疎対策の推進が必要となっていた。

(3) 阿哲郡及び川上郡選挙区を特例選挙区として存置した理由について

こうした中で、昭和六〇年国勢調査の結果、阿哲郡の人口が引き続き議員一人当たり人口の半数に達しなかったほか、川上郡の人口も議員一人当たり人口の半数に達しなくなり、これらの選挙区を強制合区するかどうかが議論された。

この問題について阿哲郡、川上郡の住民の関心は極めて高く、選挙区の合区は過疎からの脱却を目指し行政と住民が一体となって地域の振興に努める両郡の住民にとって重大な影響を与えるものであったので、阿哲郡町村会・町村議会議長会及び川上郡町長会・町議会議長会からそれぞれ引き続き一選挙区として存置するよう県議会及び知事に対して陳情が行われた。

その結果、阿哲郡及び川上郡の振興を図ることは両郡の地域住民にとって重要なことであることはいうまでもないが、これにより地域の較差を是正し県勢の均衡ある発展を図ることは本県全体の発展及び住民福祉の増進のためにも極めて重要なことであり、このためにはそれぞれの地域代表を確保する必要があること、昭和六一年条例改正当時、阿哲郡、川上郡の人口減少率は鈍化したとはいえ、過疎による地域の衰微を克服し地域を活性化するためなお一層の振興策が強く求められており、また、岡山県過疎地域振興計画(後期計画)に基づく五ヵ年計画による過疎地域の振興のための諸事業がはじまったばかりであり、今後ともこれらの諸事業を地域の実情に即しきめ細かく遂行していくためには地域住民の声を代表する者を欠くことができないこと、議員一人当たり人口の半数に達しないといってもわずかに下回ったにすぎないこと等を考慮した結果、阿哲郡については引き続き特例選挙区として存置することとし、川上郡についてはまさに公選法二七一条二項を適用する状況にあるとして特例選挙区として存置したものである。

以上のとおり、昭和五七年の条例改正時、昭和六一年の条例改正時ともに先に述べた諸般の事情を考慮したうえ、阿哲郡、川上郡両選挙区とも特例選挙区として存置することとされたものであり、合理的な理由に基づく極めて正当なものであった。

したがって、そもそも阿哲郡、川上郡両選挙区に係る較差について当否を論じることは失当である。また、仮りに当該較差を論じるとしても、阿哲郡選挙区、川上郡選挙区の議員一人当たり人口を各別に一とした場合、最も多い赤磐郡選挙区との較差はそれぞれ3.445倍、3.351倍であり、先に述べたとおり、この程度の較差は公選法の許容するところであって、何ら違憲、違法の問題を生じる余地はない。

5 特例選挙区を除く選挙区間の較差について

次に特例選挙区を除く選挙区間の較差についてみると、原告は本件定数条例による各選挙区への定数配分は人口比例の原則を無視したもののように主張するが、真庭郡選挙区について従前どおり定数二名としたほかは人口に比例したものである。

その結果、特例選挙区である阿哲郡及び川上郡両選挙区を除く二三選挙区間における投票価値の較差は、議員一人当たり人口の最も少ない上房郡選挙区を一とした場合、最も多い赤磐郡選挙区の議員一人当たり人口は2.834倍、次に多い総社市選挙区とでは、2.689倍を示すにとどまっており、これらの較差は前記のとおり選挙区割りによるものであって公選法の許容するところである。

なお、真庭郡選挙区の人口は最も議員一人当たり人口の多い赤磐郡選挙区の人口よりも更に多いのであるから、結果的にみれば真庭郡選挙区の定数を従前どおり二名とすることによって選挙区間の較差は多少とも是正されたといえる。

以上のとおり、原告の「六一年条例は、議員定数が配当基数の整数を割り込まなければ違法とならないとして定数配分を行った」旨の主張は不当なものであり、違憲、違法の問題の生じる余地は全くないものである。

6 本件選挙の有効なることについて

以上のとおり、六一年条例は、地方自治の本旨に基づき許容された県議会の裁量権の範囲で改正されたもので、その内容とする県議会議員の総定数、選挙区の決定、議員定数の配分等はいずれも合理的である。

したがって、本件条例に基づいて執行された本件選挙は有効であることはもとよりである。

よって、原告の請求は失当として棄却されるべきものである。

第三  証拠の関係<省略>

理由

第一本件訴訟の適法性について

一請求原因1(本件選挙の施行者と当事者)及び2(原告の異議申出とこれに対する被告の本件却下決定)の各事実は当事者間に争いがない。

二被告の本案前の主張に対する判断

地方公共団体の議会の議員の定数配分を定めた条例の規定そのものの違憲、違法を理由とする地方公共団体の議会の議員の選挙の効力に関する訴訟が公選法二〇三条の規定による訴訟として許されることは衆議院議員定数配分規定違憲訴訟についての累次の最高裁判所判決(昭和五一年四月一四日・民集三〇巻三号二二〇頁、同五八年一一月七日・民集三七巻九号一二四三頁、同六〇年七月一七日・民集三九巻五号一一〇〇頁)の趣旨に徹して明らかであり、また、地方公共団体議会の議員定数訴訟につき、最高裁判所判決(昭和五九年五月一七日・民集三八巻七号七二一頁、同六〇年一〇月三一日・裁判集民事一四六号一三頁、同六二年二月一七日・裁判集民事一五〇号一九九頁)の説示するところであって、当裁判所もこれらの説示するところと見解を同じくするものである(なお、公選法二〇三条の規定による訴訟は、違法に施行された選挙の効力を失わせ、当該選挙に関する瑕疵を是正して改めて適法な選挙を行わせる状態にすることを目的とするものであるが、その場合、右瑕疵の是正が該選挙を管理する選挙管理委員会の権能に属する場合にのみ、その提起が許されるものと解すべきではないことを付言する。)。

よって、被告の主張はいずれも採用することができない。

三すなわち、本件訴訟は公選法二〇三条に基づくものとして適法というべきである。

第二本件選挙の違法性の有無について

原告は、昭和六一年条例の議員定数配分規定(以下、「本件定数配分規定」という。)は、本件選挙当時、憲法一四条一項、公選法一五条七項に違反していたから、これに基づいて施行された本件選挙の赤磐郡選挙区における選挙は無効であると主張するので、以下判断する。

一憲法及び公選法における投票価値の平等について

1  都道府県の議会の議員の選挙に関し、その住民が選挙権行使の資格において平等に取り扱われるべきであるとともに、選挙権の内容、すなわち投票価値においても同じく平等に取り扱われるべきことは憲法の要求するところと解すべきである(前記各最高裁判所判決参照)。

2  そこで、まず、都道府県議会の議員の選挙につき公選法が選挙区に関して定めるところをみると、同法一二条一項は、選挙は選挙区によるものとしたうえ、同法一五条一項において、右選挙区は郡市の区域による、との原則を定め、更に、同条二項は、いわゆる配当基数が0.5に達しない選挙区は、隣接する他の選挙区と合せて一選挙区とすべきこと(強制合区)を、また、同条三項は、同基数が0.5以上であっても一に満たない選挙区は、隣接する選挙区と合せて一選挙区とすることができる(任意合区)旨をそれぞれ定めている。

右各規定の趣旨は、議員選出の単位を歴史的、地域的なまとまりである郡市に置くことにより、選挙民の意思が効果的に選挙結果に反映するようにすると共に、恣意的な選挙区の設定を防止する一方、それによって生ずる人口比例原則(同法一五条七項)からの乖離、すなわち投票価値の不平等が不当に拡大しないことを意図したものと解され、これら選挙区割り規定が憲法に反するものということはできない。

また、同法二七一条二項は、昭和四一年一月一日現在において設けられている選挙区については、その配当基数が0.5に達しなくなった場合でも、当分の間、同法一五条二項の強制合区の規定にかかわらず、条例で当該区域を独立の選挙区とすることができる旨を定めている。右条項は、昭和四一年の法改正によるものであり、その沿革は、昭和三七年の法改正により、一または二以上の島の全部の区域をもってその区域とする選挙区について強制合区の例外が認められたことに始まるもので、その趣旨は、産業構造の変化等に伴う急激な人口異動によって生じた過疎地、過密地の人口差の現状をそのまま直ちに定数配分の基礎としたのでは、過疎地域住民の意思が十分効果的に選挙結果に反映されない虞れがあり、そのため、行政面からみても、均衡のとれた長期的な展望の下での政策を継続してすることの妨げともなりかねないこと、また、都道府県議会議員の選挙区を原則として歴史的、地域的なまとまりである郡市の区域によるものとして、その区域の代表が議会において確保さるべきであることを意図したと解される公選法の趣旨(なお、その趣旨は、選出された議員が都道府県全体の奉仕者であるべきことと矛盾するものではない。)が十分に生かされないともいえることなどを考慮し、当分の間の例外的措置として従前の選挙区を存置することができるものとしたものと解され、その趣旨は合理性を有すると認められるから、右規定自体が憲法に違反するとはいえない。そして、右判断は、都道府県行政における複雑且つ高度な政策的考慮と判断が関連してくるものであり、都道府県の議会は、その選挙区条例の制定に当たり、特例選挙区を存置することの当否につき、選挙人の投票価値の平等確保との関連において相当程度の範囲内では右のような見地からする合理的裁量権限を有するものということができる。ただ、右合理的な裁量判断において、選挙権の投票価値の平等の原理は第一義的に十分に尊重されるべきで、各選挙区に定数配分した場合に生ずる他の選挙区との議員一人当たりの人口較差の程度、また、隣接の郡市との合区の可能性等をも十分検討したうえでなされるべきである。

そして、特例選挙区と他の選挙区との間の投票価値の較差については、当該特例選挙区を存置すべきものとした議会の判断の右諸点からする合理性の有無、程度、したがって、また、前記趣旨の裁量権の範囲を逸脱しているかどうかという見地から、その違憲、違法性を判断すべきこととなる。

3  次に、右のようにして定められた各選挙区への定数配分について公選法の定めるところをみると、公選法一五条七項は「各選挙区において、選挙すべき地方公共団体の議会の議員の数は、人口に比例して、条例で定めなければならない。ただし、特別の事情があるときは、おおむね人口を基準とし、地域間の均衡を考慮して定めることができる。」と規定して、右定数配分については、まず人口比例の原則を明らかにするとともに、ただ特別の事情があるときは、議会に対し、人口比例により算出される数に、行政の実態に即し地域間の均衡を考慮したある程度の修正を加えて選挙区別の議員定数を決定する裁量権を認めているものとみることができる。そして、右但書の趣旨も、議員定数配分の前提となる前記2で説示したような各選挙区の実状に応じ、各地域間の実質的な均衡を図るために、合目的的な政策的考慮を容れ、人口比例原則を幾分緩和するにあると解され、その趣旨においては憲法に反するものともいえない。しかしながら、公選法は、あくまで投票価値の平等の実現を強く意図していることは明らかであるから、右但書の適用については、自ら合理的な限界があるというべきである。

4  以上のところから考えてみると、たしかに、都道府県議会の議員の選挙においては、特例選挙区を除く各選挙区についても、定数が一人で人口が最も少ない選挙区と他の選挙区とを比較した場合、議員一人当たりの人口に一対三程度の較差が生じ得ることが考えられるが、それは公選法の選挙区割りに関する規定とこれにより設定された各選挙区にその人口に比例して議員の定数配分をすべきこととされている規定に由来するものであって、右のことをもって直ちに当該議員定数配分規定が公選法一五条七項に違反するということはできない。そして、右の点は、特例選挙区が設置された場合には、その特例選挙区と他の選挙区との間の議員一人当たりの人口較差がさらに拡大することが考えられる。

しかしながら、地方公共団体の議会の議員の選挙においても選挙権の投票価値の平等確保は極めて強い要請であって、議員一人当たりの人口較差が三倍以上にも及ぶ場合は特に、二倍以上で三倍に至らない場合でも、これらの較差が是認されるためには、それぞれの各人口較差の程度に応じ、議員一人当たり人口の最も少ない選挙区の隣接区域との合区の困難性の有無程度、当該地域代表を個別に確保する必要性の程度等の諸事情について相応の合理的な理由が要求されるものというべく、右相応の合理的な理由を欠く場合には、当該議員定数配分規定も議会の裁量権の合理的な行使として是認されるものとはいえず、公選法一五条七項の人口比例原則にも違反するものといわざるをえない。そして、右のことは、特例選挙区を設置した場合は、特に特例選挙区を存置する合理性との兼ね合いにより、その存置によって生ずる程度の人口較差を是認し得る程の合理性があるかどうかによって右違法性の有無を判断すべきこととなるものといえる。

そこで、以上の点を前提に本件定数配分規定の内容につき以下検討する。

二六一年条例における定数配分規定の内容並びにその相当性について

1  本件選挙当時、六一年条例によって定められた岡山県議会の総議員定数が五八であり、選挙区数は二五で、そのうち阿哲郡選挙区と川上郡選挙区が特例選挙区として存置されていたこと、また、同県の総人口が一九一万六九〇六人で、各選挙区ごとの人口、議員定数、議員一人当たり人口、阿哲郡選挙区の議員一人当たり人口を一とした場合の各選挙区の投票価値の較差が別表1のとおりであったことは当事者間に争いがない。

これによると、最も較差の大きい赤磐郡選挙区における数値が一対3.445、次いで総社市選挙区のそれが一対3.269であり、同数値が二以上の選挙区が右両区のほかに一〇区存することとなり、特例選挙区を除いて議員一人当たり人口の最も少ない上房郡選挙区の人口数を一とした場合には、赤磐郡選挙区との投票較差は、一対2.834、総社市選挙区とのそれは、一対2.689となることが明らかである。

2  そこで、まず、六一年条例において阿哲郡及び川上郡両選挙区を特例選挙区として存置したことにつき、岡山県議会に前記裁量権の逸脱があるといえるかどうかについて判断する。

右のうち、阿哲郡選挙区については、五七年条例において既に特例選挙区として存置されていたもので、前回選挙時における同選挙区の配当基数は0.486であったが、本件選挙時における同基数は0.474となったものであり、川上郡選挙区については、六一年条例で初めて特例選挙区として存置されたもので、本件選挙時における配当基数は0.487であった(前回選挙時の同基数は0.507、これらの事実は、別表2の数値を含めて、当事者間に争いがない。)。

まず、右選挙区の配当基数が、強制合区の対象となる0.5未満をいかなる程度下回っているかの点については、本件選挙時における阿哲郡、川上郡両選挙区の数値は前記のとおりであって、その不足は、いずれも僅少ということができる(別表1の数値から本件選挙時において、配当基数が0.5となる人口を試算すると一万六五二五人となり、両選挙区の不足人口は、阿哲郡が八四九人、川上郡が四一〇人である。)。

3  そして、六一年条例において、岡山県議会が右両選挙区を特例選挙区として存置した経緯等につき検討するに、以上認定の事実に<証拠>、さらに、当裁判所に顕著な事実を総合すると、岡山県においては、前回選挙の基礎となる昭和五五年一〇月の国勢調査の結果、阿哲郡選挙区が強制合区規定の対象となり、議会においてその取扱いが議論されたが、岡山県においては昭和三〇年代終り頃から産業構造の変化に伴って県南都市部への人口集中、阿哲郡等県北農山村部の過疎化現象が進行し、過疎化地域の活力の低下があらゆる面で顕著になってきたため、行政上、阿哲郡を含む過疎地域の積極的な振興を図り、県下全域の均衡ある発展を目指して各種の施策を進めていたという事情から、岡山県議会は、五七年条例の審議において、これら施策を効率的且つ円滑に遂行するためには、地域住民の意思を身近に代表する者を確保する必要があると判断して、阿哲郡選挙区を特例選挙区として存置することとしたこと、次いで本件選挙の基礎となる昭和六〇年一〇月の国勢調査の結果では、阿哲郡の人口は、減少率は鈍化したものの、なお減少傾向にあり、各種の地域振興策も未だ所期の成果を達成しておらず、さらに、過疎地域の総合的且つ計画的な対策を講じることが必要とされ、新たに強制合区規定の対象となった川上郡についても、状況は阿哲郡とほぼ同様であったため、岡山県議会は、六一年条例の審議において、両郡選挙区をそれぞれ特例選挙区として存置することとしたこと、阿哲郡は明治三三年(郡制施行の年)に発足したものであるが、昭和二九年に新見市が成立するまでは同市を含み、同市成立後は新見市を除く大佐町、神郷町、哲多町及び哲西町から成り、岡山県の北西部に位置し、その総面積は四四一平方キロメートルで岡山県の総面積の6.2パーセントを占め、古くから新見市を含め同市を中核都市とする新見圏又は阿新圏として、地形的にも、生活及び経済的にも一つのまとまった圏域をなしており、また、川上郡は、昭和二九年に高梁市が成立するまではその一部を含んでいたが、同市成立後は同市に編入された同郡東半部を除く備中町、川上町及び成羽町の三町から成り、岡山県の中央西部に位置し、その総面積は二七一平方キロメートルで県全体の3.8パーセントを占めており、古くから高梁市と上房郡の有漢町、賀陽町を含め高梁市を中核都市とする高梁圏として、地形的にも、生活及び経済的にもほぼ一つのまとまった圏域を成していること、岡山県の地域行政の総合的かつ効果的な推進を図るために昭和四九年七月一日発足した県下九地域の生活圏ごとの「地方振興局」としては、新見市と阿哲郡を所管するものとして新見市に阿新地方振興局が、高梁市、上房郡及び川上郡を所管するものとして高梁市に高梁地方振興局がそれぞれ設けられていること、昭和五九年一一月の「岡山県過疎地域振興方針」によると、同県の過疎地域は、全県の57.6パーセントも占めており、この地域の振興は、単に当該地域の振興にとどまらず、県土の均衡ある発展を図り、県民福祉の向上を図るうえからも県政の重要な課題である、とされ、昭和四五年度以来、過疎地域対策緊急措置法、過疎地域振興特別措置法に基づき各種の施策を講じてきたが、なお十分でなく、地域住民自らが、個性と活力にあふれる地域づくりを推進することが重要である、とされ、次いで、阿新地域について、中国縦貫自動車道の建設等の広域交通網の整備により、内陸工業の立地を中心とした新たな発展も期待できるとしたうえ、農林業、畜産業の振興を図り、食肉加工業や木材加工業など豊富な地域資源と結びついた地場産業の振興に努め、また恵まれた観光資源による観光産業の育成も図るべきものとされ、また、高梁地域について、吉備高原都市、テクノポリスなどの建設が進められており、今後このインパクトを十分活用した施策を推進することにより新たな飛躍も期待できるとしたうえ、農林業、酪農、肉用牛生産及び観光産業の振興を図るべきものとされていること、なお、六一年条例の制定についての県議会総務委員会の審議においては、特例選挙区として存置することの当否につき相当の審議がなされ、隣接区との合区の当否についても検討されたが、合区の点は採用されず、また、今後の対応として、昭和六二年に施行される選挙以後、早急に検討の機関などを設け、定数並びに選挙区及び選挙区ごとの定数について昭和六六年の一般選挙に向けて積極的な検討を重ね、さらに較差是正に努めることとする、旨が同委員会として明らかにされたこと、が認められる。

4  そこで、以上のところから岡山県議会のとった特例選挙区存置の当否についてみると、まず合区の可能性につき、確かに、いずれも古くから、阿哲郡は新見市とともに新見圏若しくは阿新圏として地形的にも周囲を区分された一つのまとまった生活圏を成しており、また、川上郡は高梁市及び上房郡の一部とともに高梁圏として地形的にも区分された一つのまとまった生活圏を成していて、原告主張のとおり阿哲郡及び川上郡自体が歴史的ないし地理的に他と際立った特殊性があるとまではいえず、右両選挙区の配当基数が0.5に満たない状態に至った段階では、阿哲郡は、新見市との、また川上郡は高梁市との合区が当然考えられていい状況にあるものとみられ(仮に右各両選挙区の合区によりそれぞれの議員数を一名減ずることとし、その一名を赤磐郡、他の一名を倉敷市・都窪郡早島町の各選挙区に配分するとした場合、議員総定数五八名としての各選挙区間の本件選挙時における議員一人当たりの人口最大較差は一(上房郡選挙区)対2.689(総社市選挙区)となり、また、右両合区によりいずれもその各議員数を従前どおり各二名のままとした場合、議員総定数五八名としての各選挙区間の議員一人当たりの人口最大較差は一(上房郡選挙区)対2.834(赤磐郡選挙区)となる。)、そしてまた、右両郡とも県の過疎対策にもかかわらず昭和五八年の前回選挙以来なお引続きわずかながらも人口減少の傾向にあり(因に、昭和五五年と同六〇年の国勢調査によれば、その間の人口減少区は、二五選挙区中の一四選挙区にのぼる。)、人口異動の推移も緩慢であって、その急激な変動を議席配分で調整する必要があるとも認め難いところである。

しかしながら他面、まず、右合区の可能性につき、確かに新見圏、高梁圏としての地域区分はあるとしても、新見市、高梁市とも市として発足独立したのは昭和二九年であって六一年条例当時既に三二年余も経過しているものであり、市部とその余の郡部とでは生活及び経済面も一様ではなく、県行政の関連でも異なった配慮の必要が予想されるところで、それぞれ独立した地域代表を選出する相応の必要性が首肯されなくもないところである。そしてまた、仮に合区するとした場合、右各選挙区はいずれも一人区であり、合区により議員数を一名(一名減)にした場合はもちろん、二名のままにした場合でも選出議員が共に市部を基盤とする可能性があり、地域代表の効果的な選出ということからは遠ざかるようにもみられる。そして次に、人口異動の推移等の点についても、確かにその点だけからは特例選挙区の存置を認める理由は肯認し難いが、ただ前認定のとおり、県としても県民の福祉の向上を図るため、県総面積の半分以上も占める過疎地域全体の有効適切な活用により県土の均衡ある発展を図ることが県政にとって極めて重要な課題であることは十分推知されるところであり、そのためには過疎地域住民の代表によりその意思を県政に十分反映させることが過疎対策等の各般の県地域行政を有効適切に実施するうえで必要なことであることも十分首肯しうるところであり、このような意味で、いずれも県境にあって比較的広い面積を有し地域特有の資源を活用しての発展も予想される阿哲郡、川上郡を特例選挙区として存置することには相応の理由があるものと認められる。

ただ、しかし、前記のとおり選挙民の投票価値の平等確保ということは極めて重要な要請であって、仮に特例選挙区としての存置を認める理由があるとしても、右存置を認めることによって生ずる議員一人当たりの人口最大較差が三倍以上にも及ぶ場合は、右較差の程度と特例選挙区の存置を認める理由及び合区の困難性の程度等との対比において、右較差によって生ずる選挙区間の投票価値の不平等が県議会において地域間の均衡を図るため通常考慮し得る諸般の要素を斟酌してもなお、一般的に合理性を有するものとは考えられない程度にまで達していないかどうかという観点で、右特例選挙区を認めることの当否に関する県議会の裁量判断においても特段に十分慎重な考慮を要することとなるというべきである。

そこで、このような観点から本件についてみると、阿哲郡、川上郡を特例選挙区と認めた場合のこれをも含めての右人口最大較差は三倍以上のものが赤磐郡選挙区の3.445と総社市選挙区の3.269であり、右阿哲郡、川上郡両郡を特例選挙区として存置する理由及び合区の困難性の程度は前記のとおりであることのほか、右両郡の配当基数は0.474と0.487であり、また阿哲郡は五七年条例以来、川上郡は六一年条例で初めてそれぞれ特例選挙区とされたものである等の諸事情を併せ勘案すると、確かに、六一年条例の制定当時において既に右人口較差との関連で右両郡を特例選挙区として存置することの当否につき十分な検討を更に重ねていく必要のあった状況にあり、そして、今後もなお相当期間右人口較差が続きあるいは拡大するということであれば、県議会においても早急に前記合区等による右較差是正のための十分な対応を考慮しない限り、右両郡を特例選挙区として存置することにつき違法判断を免れないこととなるものと解されるものの、六一年条例制定時においては、県議会が相応の審議を尽くした結果、右両選挙区をいずれも特例選挙区として存置したことが不相当であって、議会に許された合理的な裁量の範囲を逸脱した違法なものであるとまでは未だいうことができないものというべきである。

なお、公選法二七一条二項は、特例選挙区として存置できる期間を「当分の間」と規定しており、このことは、同条項が選挙区間の急激な人口異動という事態を契機とし、過疎化の現象をそのまま議席配分に反映させるのが相当でないという見地から定めたことからして、ある程度限定された期間を予定しているものと解されるが、その期間については、一般には、社会、経済状勢の変動や過疎地域に対する施策の遂行効果等諸般の事情を考慮しつつ、議会において、合理的な裁量でその存続期間を決すべきであると解されるところである。もっとも、右判断においては、特例選挙区が人口比例原則の例外をなすものであることを考慮し、慎重な検討がなされなければならないことは、いうまでもないところ、本件において、阿哲郡選挙区は、既に昭和五七年から存置されているところであるが、前記説示したところからすれば、県議会が、六一年条例において、阿哲郡選挙区を特例選挙区としてなお存置したことが不相当でその裁量権の範囲を逸脱した違法なものとはいうことができない。

5  以上のとおり、岡山県議会が六一年条例において阿哲郡及び川上郡両選挙区を特例選挙区として存置したことが違法であるとはいえないところであるが、その結果としての定数配分が憲法一四条一項、公選法一五条七項に違反しないかどうかについてさらに判断する。

本件において、特例選挙区を含む議員一人当たりの人口最大較差は、同人口の最も少ない特例選挙区たる阿哲郡選挙区と赤磐郡選挙区との間の一対3.445で、右数値が一対三以上の選挙区は右のほか総社市選挙区との二区であり、右数値が一対二以上の選挙区は右のほか一〇区存するところである。なお、右特例選挙区を除いた場合の最大較差は上房郡選挙区と赤磐郡選挙区との一対2.834であり、その数値が一対二以上の選挙区は全部で五区であるが、右阿哲郡、上房郡両選挙区は、いずれも一人区であり、また、特例選挙区を含んだ場合の右数値が一対二以上の一〇区も内七区は一人区であるところ、これらについては、いずれも地自法九〇条の定める都道府県議会議員の最大定数限度から岡山県の場合一名を減じた定数五八名を配当基数方式に従って配分したもので、右定数配分方法自体は人口比例原則に照らしても合理的なものである。そして、赤磐郡及び総社市両選挙区につき議員一人当たり人口較差が一対三以上となっているのは阿哲郡と川上郡両選挙区を他と各合区しないで特例選挙区として存置したことに由来するものである(赤磐郡及び総社市両選挙区の議員定数を増加するといったことも、他の選挙区の合区によりその議員定数を減ずるということでないと容易に望めない状況にある。)が、前記のとおり阿哲郡及び川上郡両選挙区を特例選挙区として存置することが本件選挙時において是認さるべきものである以上、これらによる右較差もやむを得ないものと解される。なお、右特例選挙区を除いた較差は一対三にまでは至っていないのであり、一対二以上も二五選挙区中五区にすぎず、また、いわゆる逆転現象もみられないところで、これらのことからすると、右較差による選挙区間の投票価値の不平等が岡山県議会において地域間の均衡を図るため通常考慮し得る諸般の要素を斟酌してもなお、一般的に合理性を有するものとは考えられない程度にまで達していたとは未だいい難いところであり、県議会の右定数配分が議会の合理的裁量の範囲を超えているとはいうことができず結局、本件定数配分規定が憲法ないし公選法に違反して無効なものであるということはできない。

第三結論

よって、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官相良甲子彦 裁判官廣田聰裁判長裁判官渡辺伸平は、転任につき署名押印できない。裁判官相良甲子彦)

別表1

選挙区

人口(人)

60.10国調

人口割議員

配当基数

議員定数

(人)

議員1人当人口

(人)

格差

岡山市

572,479

17.321

17

33,675

2.148

倉敷市

都窪郡(早島町)

425,225

12.866

12

35,435

2.260

津山市

86,837

2.627

2

43,418

2.770

玉野市・児島郡

90,172

2.728

3

30,057

1.917

笠岡市

60,598

1.833

2

30,299

1.933

井原市・後月郡

44,418

1.343

1

44,418

2.834

総社市

51,240

1.550

1

51,240

3.269

高梁市

26,553

0.803

1

26,553

1.694

新見市

28,343

0.857

1

28,343

1.808

備前市

32,243

0.975

1

32,243

2.057

御津郡

25,826

0.781

1

25,826

1.647

赤磐郡

54,004

1.634

1

54,004

3.445

和気郡

34,696

1.049

1

34,696

2.213

邑久郡

38,838

1.175

1

38,838

2.478

浅口郡

57,197

1.730

2

28,598

1.824

小田郡

24,504

0.741

1

24,504

1.563

吉備郡

都窪郡(早島町以外)

31,064

0.939

1

31,064

1.982

上房郡

19,051

0.576

1

19,051

1.215

川上郡

16,115

0.487

1

16,115

1.028

阿哲郡

15,676

0.474

1

15,676

1

真庭郡

54,333

1.643

2

27,166

1.733

苫田郡

24,714

0.747

1

24,714

1.577

勝田郡

31,578

0.955

1

31,578

2.014

英田郡

35,851

1.084

1

35,851

2.287

久米郡

35,351

1.069

1

35,351

2.255

合計

1,916,906

― ― ―

58

33,050,103

― ―

別紙別表2〜6<省略>

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